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May 16, 2008

いのちの食べかた

Photo
(東欧色)

映画を観に行く。
「いのちの食べかた」というドキュメンタリー。
約一時間半、ただひたすら「食べ物の生産、加工現場」の様子が流される。

台詞はない。近代的、衛生的な設備で生産しています〜という文句を目にしたり、耳にしたりするけれど、それを聞いて頭で考えることと、実際に見てみることの間のギャップを再認識させられる。動物、植物を生産、加工している人達が悪人に見えてきて、そういうことを感じるのは何故かを考えた時に、自分の中にある嫌なところにも気づく。生き物の命を奪うという仕事を「嫌な仕事」と感じている。毎日、大量に食料を生産、私の食卓に届ける為に、自分の心を押し殺し機械の一部となりきることで、そういう作業をもくもくと続ける人達がいる。こういう生活は随分と心にストレスを受けるのではないかと思うのだけれど、そうすることで社会を支えている。

大量生産の現場には「商品」しかない。
生き物の姿はそこには見えない。

今、小規模農家、個人経営の店などを、意図的に潰そうとしているのではないかと思われるような政策が行われているけれど、それはあらゆる分野で深いストレスを抱える人を増やすように思う。「食育」と云いつつ、「食」という行為をなくそうとしている。

「おいしい物を食べる」ことは楽しい。
しかし、美食家だのなんだのと気取っているのは恥ずかしいことではないか。

最後に。命を取られる側にとってはどんな方法であれ、殺されるということになんの変わりはないということ。また、殺さなければ私が生きていけないということにも、なんの変わりはない。

「いただきます。」

(いのちの食べかた)
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/

(いのちの食べかた〜予告映像)
http://www.youtube.com/watch?v=EmZk-Lwl2Uk

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Comments

予告映像だけで、心の底のほうにズンッときますね。
…と、なんと札幌では昨日まででした(-_-;)。

ほかの命をいただいて、自らの命を保っているという事実は、
やはり日常の中では忘れがちになりますね。
だからこそこういう映像を目に焼き付けて心に刻み付けて
毎回「ありがとう。いただきます」と言いながら
食卓に向かうべきなんでしょうね。
身損ねてしまったけれど、次の機会を逃さないようにしよう。


Posted by: | May 17, 2008 04:00 PM


名乗り忘れましたが、私です。すみません

Posted by: 北のnao | May 17, 2008 04:01 PM

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